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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1703号 判決

控訴人 中西

右訴訟代理人弁護士 上山裕明

被控訴人 久野企画株式会社

右代表者代表取締役 久野喜太郎

被控訴人 鈴木敬志

右両名訴訟代理人弁護士 大塚功男

千葉昭雄

被控訴人 品川信用組合

右代表者代表理事 島本正一

右訴訟代理人弁護士 小野孝徳

主文

一、原判決中控訴人の被控訴人久野企画株式会社に対する請求を棄却した部分を取り消す。

被控訴人久野企画株式会社は控訴人に対し控訴人から金一、一五〇万円および内金五〇〇万円に対する昭和四四年二月一日より、内金六五〇万円に対する同年三月五日より各支払ずみまで年六分の割合による金員の支払を受けるのと引き換えに原判決書別紙物件目録(一)記載の土地につきなされた昭和四四年二月三日東京法務局杉並出張所受付第二、八三一号所有権移転登記の抹消登記手続をしなければならない。

控訴人の被控訴人久野企画株式会社に対する主位的請求および第一次予備的請求をいずれも棄却する。

二、控訴人の被控訴人鈴木敬志および同品川信用組合に対する控訴をいずれも棄却する。

三、訴訟費用中、控訴人と被控訴人久野企画株式会社との間に生じた分は第一、二審を通じ同被控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人鈴木敬志および同品川信用組合との間に生じた控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「(一)原判決を取り消す。(二)被控訴人久野企画株式会社(以下、被控訴人久野企画という。)に対する主位的請求として、同被控訴人は控訴人に対し原判決書別紙物件目録(一)記載の土地(以下、本件土地という。)につきなされた昭和四四年二月三日東京法務局杉並出張所受付第二、八三一号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。(三)被控訴人品川信用組合は控訴人に対し本件土地につきなされた同四四年五月九日同法務局同出張所受付第一五、四一八号根抵当権設定登記、同第一五、四一九号停止条件付所有権移転仮登記、同第一五、四二〇号停止条件付賃借権設定仮登記の各抹消登記手続をせよ。(四)被控訴人鈴木敬志は控訴人に対し金二一〇万円および本判決確定の日から右支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。(五)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決および各金員の支払を命ずる部分につき仮執行の宣言を求め、なお、当審における訴の変更により追加された被控訴人久野企画に対する第一次予備的請求として、仮りに右主位的請求が認められない場合には、「被控訴人久野企画は控訴人に対し控訴人から金八五二万六、七五〇円および内金四〇二万六、七五〇円に対する昭和四四年二月一日より、内金四五〇万円に対する同年三月五日より各支払ずみまで年九分八厘の割合による金員の支払を受けるのと引き換えに本件土地につきなされた前記所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。」との判決を求め、前同第二次予備的請求として、右第一次予備的請求における控訴人の支払金額が右のとおり認められない場合には、「被控訴人久野企画は控訴人に対し控訴人から金一、一五〇万円および内金五〇〇万円に対する昭和四四年二月一日より、内金六五〇万円に対する同年三月五日より各支払ずみまで年六分の割合による金員の支払を受けるのと引き換えに本件土地につきなされた前記所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。」との判決を求め、被控訴人久野企画は、控訴棄却ならびに当審で新たに追加された第一次および第二次予備的請求棄却の判決を求め、被控訴人品川信用組合および同鈴木敬志はそれぞれ控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、つぎに一ないし四のとおり訂正、付加するほか、原判決書事実らんに摘示されているところと同じであるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

1(一)  控訴人主張の請求の原因三の五行目(原判決書四丁表三行目)に「本判決言渡の日」とあるのを「本件勝訴判決確定の日」と改める。

(二)  被控訴人久野企画の抗弁第二項および第三項に対する認否(原判決書四丁裏三行目二、および同五行目三、)をつぎのとおり改める。

二、第二項、地上建物が取毀わされたことを認め、その余を否認する。

三、第三項、否認する。

2 仮りに、控訴人が昭和四四年二月一日被控訴人久野企画との間において本件土地および同地上建物を同被控訴人に売り渡す旨の契約を締結したとしても、同売買契約は、控訴人の同被控訴人に対する融資金債務を担保する趣旨のもとに売買名義でこれらの所有権を譲渡したのにすぎないのである。すなわち、当時控訴人は、同被控訴人の資金援助のもとに本件土地上にあった建物を取りこわして同地上に四階建店舗を新築することを計画していたが、当時たまたま本件土地が借地であり、また、右地上建物が大和銀行に対する借入金債務の抵当に入っていたため、右建築計画を実行するため、とりあえず、同被控訴人から右土地買取代金四〇二万六、七五〇円、大和銀行に対する借入金債務の返済金四五〇万円(以上合計八五二万六、七五〇円)の各融資を受けて右土地を買い取り、さらに大和銀行に対する右債務(の一部)を弁済して前記建物に設定されていた抵当権を放棄してもらったので、控訴人は、同被控訴人に対する以上の融資金債務を担保する趣旨のもとに、同被控訴人との間で本件土地および同地上建物を同被控訴人に売り渡す旨の契約を締結し、売買名義をかりたいわゆる譲渡担保契約を締結するにいたったものである。

ところが、その後おそくとも同四四年九月ころには、控訴人、被控訴人久野企画間の意見の相違により前記建築計画も実行不可能の状態になったので、右各当事者としては、少くともこの段階において右契約関係から生じた債権債務の一切を清算すべきものである。

そうだとすると、控訴人は、被控訴人久野企画に対し同被控訴人から融資を受けた借入金債務合計八五二万六、七五〇円および内金四〇二万六、七五〇円に対する借受日の昭和四四年二月一日より、内金四五〇万円に対する借受日の同年三月五日より各支払ずみで年九分八厘の割合による利息、損害金の支払をするときは、本件土地所有権は、担保権の消滅により、当然控訴人に復帰されるべきものであり、同被控訴人としては自己のためになされた同土地所有権移転登記の抹消登記手続をなすべき義務を負うものというべきであるから、控訴人は、第一次予備的請求として、同被控訴人に対し右金員を支払うのと引換えに本件土地所有権移転登記の抹消登記手続を求めるものである。

3 控訴人が第一次予備的請求で主張する控訴人の借入金債務額がその主張どおりに認められない場合には、控訴人が被控訴人久野企画より融資を受けた借入金債務額は、昭和四四年二月一日五〇〇万円、同年三月五日六五〇万円、以上合計一、一五〇万円であったから、控訴人は、第二次予備的請求として、第一次予備的請求の場合におけると同様の理由により、同被控訴人に対し右金員および内金五〇〇万円に対する借受日の同四四年二月一日から、内金六五〇万円に対する借受日の同年三月五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による利息、損害金を支払うのと引き換えに本件土地所有権移転登記の抹消登記手続を求めるものである。

4 つぎに、被控訴人久野企画が本件土地所有権を取得したとしても、それは、前記のとおり貸金債権担保の趣旨であったにすぎないのであるから、その後同被控訴人が被控訴人品川信用組合に対し本件土地に抵当権を設定し、かつ停止条件付で同土地所有権を移転し、あるいは同土地に賃借権を設定する旨を約したとしても、右はいずれもその処分権限がないのに勝手にした無効のものというほかはないから、控訴人は、この点からも被控訴人品川信用組合に対して本件土地につきなされた従前主張の各登記の抹消登記手続を求めるものである。

5 被控訴人久野企画および同鈴木敬志の後記二、2の主張を争う。

二、被控訴人久野企画および同鈴木敬志の主張

1  本件土地は、控訴人が借入金債務を担保する趣旨のもとに被控訴人久野企画に売り渡したものであって、いわゆる譲渡担保に供せられたものである旨の控訴人主張の事実は全部否認する。控訴人は、前記建築計画実行のため、本件土地および同地上建物を被控訴人久野企画に単純かつ完全に(借入金債務担保のためではなく)売り渡したものである。すなわち、控訴人は、乙第一号証の一ないし三の記載によっても明らかなとおり、右建築計画実現のため、被控訴人久野企画との間で、本件土地および同地上建物を一たん同被控訴人に売り渡し、同被控訴人の手によって同地上建物を取りこわして同地上に四階建建物(店舗)を建築し、その際改めて控訴人によって同被控訴人と協議のうえ本件土地を右新築建物とともに買い取る旨を約したものであるから、本件土地は、控訴人が借入金債務を担保するために売り渡したなどというものではなく、将来においてこれを買い戻すこと(正確には再売買すること)を期待して単純かつ完全な形でこれを同被控訴人に売り渡したものである。

2  仮りに、本件土地の売買がいわゆる譲渡担保であるとしても、控訴人は、乙第一号証の三の契約書に明示されているとおり、被控訴人久野企画との間の約定により、昭和四四年九月末日までに、本件土地の一部(一〇坪)を他に売却処分して残地に(同被控訴人の手によって)店舗を新築することとし、改めて控訴人においてこの残地および店舗を買い取ることとするか、あるいはまた、この土地および新築建物の買取方を辞退して本件土地の売却処分代金中から一定の価格を控除した残額の利益の贈与を受けることとするか、そのいずれかを確定してその旨を同被控訴人に表意すべきであったのに、右期限を徒過するにいたったため、同被控訴人は、本件口頭弁論期日(昭和五〇年一〇月一五日午前一一時)において右買戻および清算に関する約定を約旨にしたがって解除する旨の意思表示をしたので、右買戻および清算に関する約定は失効し、これにともないあたかも担保流れとなったと同様本件土地所有権は確定的に同被控訴人に帰属するにいたったのである。

三、被控訴人品川信用組合の主張

控訴人の前記一、2の本件土地売買に関する主張を争う。本件土地は、被控訴人久野企画が控訴人より買い受けてその所有権を取得したものであり、被控訴人品川信用組合は、被控訴人久野企画より本件土地につき(控訴人主張の)各登記表示どおり抵当権の設定、条件付所有権の移転および賃借権の設定を受けたものである。

四、新たな証拠の関係≪省略≫

理由

第一、控訴人の被控訴人久野企画に対する請求について判断する。

一、主位的請求について。

1  控訴人主張の請求の原因一の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、被控訴人久野企画の抗弁について考える。

≪証拠省略≫を総合すれば、控訴人は、昭和四三年一二月ころ、当時大和銀行に対し合計六五〇万円程の借入金債務を負担していた(そして、その担保として本件土地上所在の建物に抵当権を設定していた)ところから、本件土地上所在の建物を取りこわして同地上に新たに賃貸建物(店舗)を建てその収益により右債務を返済しようと計画し、翌四四年一月被控訴人鈴木敬志に右計画を打ち明けて不足する資金の融通方を申し入れたところ、たまたま同人より金融業会の副会長であるという訴外宮下清次郎を紹介されたので、その後は、同訴外人との間で、時には被控訴人鈴木を交えて、右建築計画の内容および資金調達の方法などについて種々相談を重ねた結果、結局同月末ころ、右訴外人が事実上支配していた被控訴人久野企画と控訴人との間において、同被控訴人主張どおりの本件土地および同地上建物の売買、鉄骨四階建建物の新築ならびに同新築建物およびその敷地たる本件土地の再売買等に関する契約条項を内容とする不動産売買等契約書と題する書面が作成され、それぞれ当事者がこれに署名捺印をして同書面の作成が完成され(これが乙第一号証の一)、これにより右当事者間に同書面記載内容どおりの契約(原判決書のいう第一次契約)が締結されたこと、そこで控訴人は、同年二月一日ころ、被控訴人久野企画より右土地代金五〇〇万円の支払を受けるとともに、当時借地であって本件土地を地主(内用道治)より買い受けてこれを同被控訴人に引き渡すとともに、同月三日本件土地につき約旨にもとづいて右地主より中間者控訴人名義の登記を省略して直接同被控訴人名義に控訴人主張どおりの所有権移転登記手続が経由されるにいたったこと、つづいて控訴人は、同年三月五日ころ、被控訴人久野企画から右地上建物代金六五〇万円の支払を受けると同時に、大和銀行に対する前記抵当債務の大半を弁済して同銀行よりその抵当権を放棄してもらって右建物を同被控訴人に引き渡したこと、そして右建物はその後間もなく被控訴人久野企画の手によって取りこわされるにいたったものの、前記約旨にもとづく建物新築計画は、その後右土地の一部を他に売却処分して残地に建物を新築することにするなどその計画の一部を縮少するなどして建築資金の調達方法等を講じたものの、結局は、資金不足が原因でそれが実現されず(したがって、本件土地上の建物が取りこわされたものの、新築建物も建てられず、さればといって控訴人において改めて本件土地を買い戻すという契約も結ばれないまま)現在にいたったことが認められる。

右認定の事実によれば、被控訴人久野企画は、前記契約(いわゆる第一次契約)における本件土地売買契約にもとづいて本件土地所有権を取得し、約旨にもとづいて中間省略の方法により、控訴人主張のとおり本件土地所有権移転登記手続を経由したものであることが明らかである。

控訴人は、被控訴人久野企画との間で本件土地売買をふくむ右のような契約を締結した事実はなく、同契約の締結を表示する乙第一号証の一はなにびとかによって偽造されたものである旨主張し、原審および当審における控訴本人尋問の結果中には、控訴人が自己の氏名を書く場合には「」の字の左下の点を下から上にはね上げて書いているのに、同号証中に記載された「」の字の左下の点は上から下にはねて書かれていることからしても同号証中の控訴人の署名はなにびとかによって偽造されたものであることが明らかであり、控訴人は同号証記載のような契約を締結したことはない旨右主張にそう部分があるけれども、前記他の各証拠に対比してにわかに採用しがたく、また甲第一五号証(筆蹟鑑定書)の記載および当審鑑定人田北勲尋問の結果中にも乙第一号証の一中にある控訴人の署名筆蹟は控訴人とは別人の手によるものである旨右主張にそうところがあるけれども、これまた前同様前記各証拠に対比してそのままには採用しがたく、他に前記認定をくつがえして右主張事実を確認するに足りる証拠はない。

したがって、被控訴人久野企画の抗弁は理由がある。

3  そうだとすると、所有権にもとづいて被控訴人久野企画に対し本件土地所有権移転登記の抹消登記手続を求める控訴人の主位的請求は、失当として棄却を免れないものといわなければならない。

二、第一次および第二次予備的請求について。

1  控訴人が昭和四四年二月一日ころ被控訴人久野企画との間で本件土地および同地上建物をそれぞれ前認定の代金額で同被控訴人に売り渡し、同被控訴人の手によって右建物を取りこわして同地上に四階建建物を新築し、その段階で改めて控訴人において同被控訴人から右新築建物をその敷地たる本件土地とともに買い取る旨の契約を締結し、右各代金の支払を受けたことは前記に認定したとおりである。

2  ところで、≪証拠省略≫を総合すれば、(一)そもそも控訴人が本件土地および同地上建物を前認定のように被控訴人久野企画に売り渡す契約を締結するにいたったのは、これまた前認定のとおり、当時控訴人が大和銀行に対し六五〇万円程の借入金債務を負担していたばかりでなく、同債務を担保するために同地上建物に抵当権を設定していたところから、本件土地上に貸店舗を新築しその収益により同債務を返済しようと計画し、被控訴人鈴木敬志に右計画を打ち明けてその建築資金の融通方を依頼したところ、結局前記宮下を紹介され、同人を通じてその資金の融通を受けることとなり、まずもって当時借地であった本件土地の買取資金および同地上建物に設定されていた抵当債務の弁済資金を当時右宮下が事実上支配していた被控訴人久野企画より融通してもらうこととなったため、その融資金の回収を確保させる方法として、本件土地および同地上建物を同被控訴人に売り渡す旨右のような売買契約を締結したものであること、(二)本件土地の当時の価額は、少くとも一坪当り六〇万円合計約一、六〇〇万円程度であったのに、右売買契約においてはその代金額がわずか五〇〇万円と定められており、また、これに引き換え同地上の建物は、直ぐにも取りこわされる運命にあったのに、同売買契約においてはその代金額が六五〇万円と定められており、したがって、右売買契約における本件土地代金額(右建物代金額が実質的には土地代金額の一部とされたものであるとしても、その合計額は一、一五〇万円である。)および建物代金額はいずれも当時の価額にくらべていちじるしく低廉ないしは不相当な価額であって、ひっきょうするところ、右売買契約において定められた本件土地代金額は、実質的には控訴人をして本件土地を購入させるための(その代金額は低地価額としての一坪当り一五万円)融資金額の定めであり、また同様同建物代金額は、実質的には控訴人をして前記抵当債務を弁済させるための融資金額の定めであると推測できる(その実、同売買契約にもとづいて支払われた右各代金額の大半は控訴人によってそれぞれ本件土地買入資金および前記抵当債務の弁済資金にあてられている)こと、(三)控訴人としては、他から融資を受けて本件土地を買い取り、同地上に貸店舗を建築所有することを終局の目的として前記建物建築計画をたてたものであり、したがって、控訴人が本件土地および同地上建物を被控訴人久野企画に売り渡す契約を締結したのも、控訴人の右建物建築計画における終局目的を実現するための便宜的ないし経過的手段(すなわち、右建築計画実施に際し、とりあえず被控訴人久野企画の資金投下が予定されたため、その投下資金回収確保のため本件土地売買という法律構成をとったもの)にすぎないのであって、右建築計画が中途挫折のやむなきにいたった場合においてもなおかつ本件土地をそのまま同被控訴人に売り切りにするというような趣旨のもとに本件土地売買契約を締結するにいたったものではないこと、(四)それに、被控訴人久野企画側としても、右のような低廉な代金額で、しかも、たとえ右建築計画が実現されなかった場合でも本件土地をそのまま買い切りにする趣旨のもとに本件土地売買契約を締結したものとする合理的必然性は少しも存在せず、要は、前記投下資金の回収確保のために本件土地の売渡を受けたうえ、同地上に新築建物を建築し、改めて同建物とともに本件土地を控訴人に相当価額で売り渡すという法律構成をとることとし、この間において少くとも法定金利以上の利益を収める趣旨のもとに、再売買約款を付して本件土地売買契約を締結するにいたったものであると推測されること、(五)被控訴人久野企画は、本件土地売買契約を締結してその所有権を取得しながら、その後控訴人において本件土地(もっとも内一〇坪処分後の残地)および同地に新築される建物の買取方を辞退した場合には、本件土地全部を他に売却し一定の価格(昭和四四年三月末現在基準価格一六〇〇万円とする)を控除した残額の利益を(特段の理由もないのに)控訴人に贈与する旨を約していることが認められる(≪証拠判断省略≫)。

3  以上認定の事実関係からすれば、控訴人が被控訴人久野企画に本件土地を売り渡す旨の契約を締結したのは、本件土地を、他日買い戻すこととして、一たんは売り切りにする趣旨、すなわち単純な売買をする趣旨のもとにしたものではなく、同被控訴人から融資を受けた前記合計一、一五〇万円の借入金債務を担保する趣旨のもとにしたものと認めるのが相当であり、しかも、その担保の趣旨は、右のように売買の形式をとっているとはいえ、右に認定した事実関係からすれば、前記融資金債務の弁済を解除条件としたものとも解されず、また前認定のとおり買戻に関する定めがあるものの、その売買代金額、支払方法等その要件が明確にされておらず、したがって、これをいわゆる買戻約款ないしは再売買の予約などと解することもできず、結局、その担保的機能としては、本件土地を他に売却処分してえた代金中から前記融資金債権を回収してこれを清算することにあったものとみられることなどからすれば、実体は、いわゆる売渡担保ではなく、債権担保のため売買形式のもとに土地所有権を移転したいわゆる処分清算型の譲渡担保の性質を有するものと解するのが相当である。

4  ところで、被控訴人久野企画および同鈴木敬志は、本件土地の売買契約が控訴人主張のとおり債権担保のためであったとしても、控訴人は、被控訴人久野企画との間の約旨により、昭和四四年九月末日までに本件土地中一〇坪を他に売却処分して残地に貸店舗を建築することとしてこの建物とともに右残地を買い戻すこととするか、あるいは右貸店舗および残地の買戻を辞退して本件土地全部を他に売却処分した代金中から一定額の利益の贈与を受けることによって債権債務の清算をすることとするかを確定し表意すべきであったのに、右期限を徒過したため、同被控訴人は、右買戻ないしは清算に関する約定を約旨にもとづいて解除したので、これにより本件土地所有権は確定的に同被控訴人に帰属するにいたった旨主張する。

なるほど、≪証拠省略≫を総合すれば、控訴人は、昭和四四年九月上旬被控訴人久野企画との間において同月末日までに本件土地のうち一〇坪だけを他に売却処分したうえ、残地に三階建ないし四階建店舗を建築し、これを残地とともに買い取ることとするか、あるいはまた、右店舗および残地の買取方を辞退して本件土地全部を他に売却処分し、その処分代金中一定金額(昭和四四年三月末日現在基準価格一六〇〇万円とする)を控除した残額の利益の贈与を受けることとするかを確定して表意すべく、右期限を徒過したときは、同被控訴人において右買取および利益贈与に関する約定を解除することができる旨を約したことおよび控訴人が右約旨による期限を徒過するにいたったことが認められる。

しかしながら、≪証拠省略≫に徴すれば、右利益贈与に関する約定は、あくまで被控訴人久野企画が一たん本件土地を単純かつ完全に売渡を受けたことを前提としたうえで、その後控訴人において買取代金の不足等を理由に本件土地および新築建物の買取方を辞退した場合におけるいわば不当利得分返還の意味合いをふくんだ利益供与に関する事項を定めたものであり、しかも、右利益供与約束に対する約定解除権の発生については、格別控訴人の融資金債務の不履行を要件とされていない(すなわち、右約定解除権の発生要件については、控訴人の債務の存否、債務額の範囲、その弁済期、催告ないし債務不履行の有無などとはなんの係わりもないものとされ、むしろこれらとは無縁のものとされている)ことが認められることなどからすれば、右当事者間に前記利益供与に関する約束を解除できる旨の約定がなされているとしても、それは、たんにこれによって(前示のように同被控訴人が本件土地所有権を完全に取得していることの建前のもとに)、前記意味合いにおける利益供与に関する約束を消滅させることの趣旨を定めただけにすぎないものと解すべきであって、これによって、本来同被控訴人が前記趣旨による譲渡担保権者として負担する清算義務までが(前記融資金債務の履行の有無を問われないままの状態で)全く消滅し、これとともに即座に本件土地所有権が確定的に同被控訴人に帰属することの趣旨までを定めたものではないと解するのが合理的である。

そうすると、同被控訴人が右利益供与に関する約束を約旨にもとづいて解除したからといって、これによって同人の負担する清算義務を免れ、本件土地所有権を確定的に取得すべきいわれはないものというほかはないから、前記被控訴人らの主張は、すでにこの点において採用することができない。

5  そうだとすると、被控訴人久野企画が未だ清算未了のまま本件土地所有権を保有している以上、控訴人が同被控訴人に対し前記融資金債務合計一、一五〇万円(控訴人は、同債務金は合計八五二万六、七五〇円である旨主張し、≪証拠省略≫中には右主張にそうところがあるけれども、前同様採用しがたく、他に右主張事実を確認できる証拠はないので、控訴人の第一次予備的請求は、この点において理由がなく棄却を免れない。)および内金五〇〇万円に対する借受日の昭和四四年二月一日より、内金六五〇万円に対する同様借受日の同年三月五日より各支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による利息、損害金(前記融資金債務についてはとくに利息、損害金の定めのあったことの主張立証がない以上、控訴人が主張する前記融資元金に右各借受日から支払ずみまでの商事法定利率年六分の割合による利息、損害金を付加した金額による債務額が、少くとも前記融資金に関する全債務額であると認めるのが相当である。)を支払うのと引き換えに同被控訴人から本件土地所有権を取り戻しうる権利を有するものといわなければならないから、同被控訴人に対し右金員を支払うのと引き換えに本件土地所有権移転登記の抹消登記手続を求める控訴人の第二次予備的請求は、正当としてこれを認容すべきものである。

第二、控訴人の被控訴人鈴木敬志に対する請求について判断する。

被控訴人鈴木敬志の不法行為に関する控訴人主張の事実については、本件全証拠によってもこれを認めることはできないから、控訴人の同被控訴人に対する請求は、これ以上判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

第三、控訴人の被控訴人品川信用組合に対する請求について判断する。

被控訴人品川信用組合が本件土地につき控訴人主張の各登記手続を経由していることは当事者間に争いがなく、そして同被控訴人が本件土地につき被控訴人久野企画から右各登記に相応する抵当権の設定、停止条件付所有権移転および賃借権の設定を受けたことは控訴人において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

ところで、控訴人は、被控訴人久野企画に対し本件土地を売り渡したことはない旨主張するが、控訴人は融資金債務を担保するために本件土地所有権を同被控訴人に売買名義で譲渡する契約を締結していて、右主張の採用しえないことは、前記に認定したとおりである。

さらに、控訴人は、被控訴人久野企画に対しては、本件土地所有権を譲渡担保として譲り渡したのにすぎないものであり、したがって、同被控訴人が本件土地につき被控訴人品川信用組合のためにした前記各登記に表示された抵当権の設定、停止条件付所有権移転および賃借権設定行為は、いずれも処分権限がなくしてなされたもので無効である旨主張するが、譲渡担保権利者である被控訴人久野企画がその担保物件たる本件土地につき右のような処分行為をしたからといって、これが担保提供者である控訴人に対する関係において債務不履行責任の生じることのあることは格別、これが処分権限のない者によってなされた無効のものであるということのできないことはいうまでもないから、控訴人の右主張も理由がない。

したがって、被控訴人品川信用組合に対し本件土地につきなされた前記各登記の抹消登記手続を求める控訴人の請求は、失当として棄却を免れない。

第四、よって、原判決中、被控訴人久野企画に関する部分は右と結論を異にするのでこれを取り消したうえ、同被控訴人に対する控訴人の第二次予備的請求を認容し、主位的および第一次予備的請求をいずれも棄却することとし、また原判決中右と結論を同じくするその余の被控訴人らに関する部分は相当であって控訴人の同被控訴人らに対する控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九五条および第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(判事 安倍正三 唐松憲 裁判長判事畔上英治は退官につき署名捺印することができない。判事 安倍正三)

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